読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

二速

このブログについて何かご意見などございましたら、コメント欄か筆者のTwitterへお願いします。https://twitter.com/nisoku2

『DAICON Ⅳ』より2年も早い!日本初(?)の乳揺れアニメ『おてんば宇宙人』

現在、深夜アニメなどを見ていると頻繁に目にする「乳揺れ」。

この乳揺れを日本で初めて用いたアニメは、1983年に公開されたDAICON Ⅳ オープニングアニメ』だというのが長い間定説とされてきた。

例えば、小黒祐一郎氏も2005年にWEBアニメスタイルで発表したコラムにおいて以下のように書いている。

 かつて「乳ユラシ」はガイナックスの専売特許だった。ちょっと話がそれるが、説明しておく。ガイナックスの前身 であるDAICON FILMが制作した「DAICON IV オープニングアニメ」でダイナロボをひっくり返した女の子がガッツポーズをとるカットにおいて、原画で描かれていなかった胸の動きを、動画担当だっ た貞本義行が動きを足して揺らしたのが、日本のアニメにおける「乳ユラシ」の最初だと言われている。その後、『王立宇宙軍』におけるシロツグのリイクニ強 姦未遂シーン(第1原画がマンガ家の江川達也、第2原画が井上俊之作画監督と動画が貞本義行という異様に豪華なカット)を経て、『トップをねらえ!』 『おたくのビデオ』と、ガイナックスは揺らし続けた。

WEBアニメスタイル_COLUMN

 

しかし、『DAICON』より先に乳揺れを取り入れた日本アニメが実はあったのだ。

1981年に放映を開始した『おてんば宇宙人』のオープニングアニメーションがそれである。


OP おてんば宇宙人 (第一話・本放送時) - YouTube

乳揺れが出てくるのは1分8秒頃、手にキスをされそうになったのを拒んだ姫が「きゃー嫌ー」などと叫ぶカット。

叫ぶ姫に合わせて乳も見事に揺れている。

 

この乳揺れを発見したことをTwitterでつぶやいたところ、このアニメーションを作画した大橋学氏からリプライをいただくことができた。

 

大橋学氏といえば、『サイボーグ009』『ガンバの冒険』『宝島』『あしたのジョー2』『コブラグリム童話 金の鳥』『ロボットカーニバル』『ちびねこトムの大冒険』『美少女戦士セーラームーン』『ユンカース・カム・ヒア』等々、多数の名作アニメに参加し日本のアニメを支え続けてきた言わずと知れた名アニメーターである。

『おてんば宇宙人』のアニメーションからも、大橋氏の確かな技術とセンスが感じられる。

 

『おてんば宇宙人』の乳揺れが日本アニメ史上初のものなのか、あるいはもっと以前の日本アニメにも乳揺れが存在するのか。

はっきりしたことは分からないが、現時点で確認できる日本最古の乳揺れアニメとしてここに記録しておくこととする。

 

 

以下余談

この記事を書くに当たってアニメの乳揺れについて検索していたら、庵野秀明氏の以下のような発言がヒットした。

DVD『風の谷のナウシカ』にはオーディオコメンタリーがついている。

映像にあわせて、原画担当の庵野秀明、演出助手の片山一良のふたりが話している。
1時間22分目あたり、ペジテの者たちが、王蟲を使って風の谷を襲わせようとしていると告げ、抵抗するナウシカを取り押さえるシーンの後。
庵野秀明の発言「ここのね胸の揺れ戻しが、なかなか素晴らしい」
それに片山一良が答える「そういう意味ではハシリか」
庵野秀明「胸を揺らすというのを最初にやったのは宮崎駿じゃないかとワシは思うんです」
えええー。アニメの乳揺れ表現の創始者は、宮崎駿監督だったのか!?

今夜金曜ロードSHOW「風の谷のナウシカ」宮崎駿スケベ説を鈴木敏夫Pが今ごろ言い出す - エキレビ!(2/3)

風の谷のナウシカ』の公開は1984年3月11日であり、1983年8月20日公開の『DAICON』よりも遅く、公開時期だけ見ると『ナウシカ』の方が『DAICON』の後である。

もっとも、『ナウシカ』の作画インは1983年8月1日であるので*1、公開日と同じ1983年8月20日に完成した*2DAICON』より早く乳揺れが作画されていた可能性もなくはないが、可能性は低いように思う。

そうすると、ここで庵野氏が言っている宮崎駿氏が乳揺れを創始した作品というのは『ナウシカ』ではなく別の作品のことなのだろうか?(庵野氏は『DAICON』のスタッフなので、『DAICON』に乳揺れがあったことを知らなかったということは考えられない。ど忘れしていたという可能性はあるが)

宮崎氏による未知の乳揺れアニメが果たして存在するのか?興味は尽きない。

 


〈追記〉

Twitterでいただいた反応を引用する。

『おてんば宇宙人』よりは遅いものの、『DAICON』より早く作られた乳揺れアニメは他にも存在していたようである。

 

〈さらに追記〉

 

〈さらに追記〉

 

〈さらに追記〉

 

 

*1:叶精二『宮崎駿全書』(フィルムアート社、2006年)45頁

*2:岡田斗司夫『世紀の大怪獣!!オカダ 岡田斗司夫のお蔵出し』(イースト・プレス、1998年)収録の岡野勇「DAICON FILM作品集 DICON Ⅳ オープニングアニメ」220頁

若手アニメーター等人材育成事業に参加した若手アニメーター一覧

若手アニメーター等人材育成事業に若手原画として参加したアニメーターのリスト。

アニメミライ2011についてはJANICAのpdfを、アニメミライ2012~2015についてはアニメミライ公式サイトを、あにめたまご2016についてはあにめたまご公式サイトをソースとした。

次年度以降も情報が発表され次第追加していく予定。

[更新履歴]

2015.02.21 アニメミライ2015の情報を追加。

2016.03.04 あにめたまご2016の情報を追加。また、記事タイトルを「アニメミライに参加した若手アニメーター一覧」から現在のものに変更するとともに、タイトルに合わせ本文も一部修正。

 

アニメミライ2011(若手アニメーター育成プロジェクト PROJECT A)

キズナ一撃(アセンション

蛯名秀和、久貝典史、阪口良多、佐野聡彦、玉置敬子、朴秄英

・おぢいさんのランプ(テレコム・アニメーションフィルム

北川隆之、長部州太、友部奈津美、加藤壮、大沢美奈、鈴木光

・万能野菜 ニンニンマン(ピーエーワークス

奥佳奈絵、久保光寿、小島明日香、佐藤孝一、菅沼芙実彦、大東百合恵、蔦佳穂里、戸谷賢都、西口智也、早川麻美、藤井康雄、牧野博美

・たんすわらし。(Production I.G

瀬口泉、橋本高明、清池奈保、本田真之、大導寺美穂、沼田くみ子、藤城香菜、飯山菜保子、溝呂木理恵

 

アニメミライ2012

・BUTA(テレコム・アニメーションフィルム

西真由子、斎藤未享、西原千恵、大谷里恵、寶田斐子

・わすれなぐも(Production I.G

津坂美織、竹中真吾、中山知世、春日広子、村山章子、荒木涼

・しらんぷり(白組)

板垣彰子、海岸麻由子、小笠原憂、元廣和恵、實藤晴香、末澤慧

・ぷかぷかジュジュ(アンサー・スタジオ

斉藤直子、林佳織、黒田亜理沙、山本早苗、永井徹大

 

アニメミライ2013

・龍 -RYO-(ゴンゾ)

板井寛樹、岩田景子、大里咲憂梨 、中尾高之、増田優紗、持田愛

・リトル ウィッチ アカデミア(トリガー)

金子雄人、坂本勝、三宮昌太、田頭悠郎、半田修平

・アルヴ・レズル -機械仕掛けの妖精たち-(ZEXCS

室田恵梨、藤木奈々、川瀬広大、長屋誠志郎、稲津辰宣、稲熊一晃

・デスビリヤード(マッドハウス

鈴木亜矢、小松達彦、南井尚子、緒方歩惟、三島詠子、村上泉、梁博雅

 

アニメミライ2014

・アルモニ(ウルトラスーパーピクチャーズ

斉藤健吾、駒本藍子、浅利歩惟、西海賢嗣、平村直紀、澤田恭平

・大きい1年生と小さな2年生(A-1 Pictures

湯川敦之、川尻健太郎、長尾祐希子、上原史之、藤裕子、田津奈々子

・パロルのみらい島(シンエイ動画

河毛雅妃、有賀詩織、小林麻衣子, 三田遼子、曽々木安恵、山下晃、酒井原美樹

・黒の栖 -クロノス-(STUDIO4℃

清水文乃、栗原美樹、白木仁美、白井孝奈、山本祐希江、穂坂史織、石川佳祐

 

アニメミライ2015

・アキの奏で(J.C.STAFF

佐藤嵩光、奥谷遥、小松沙奈、前田ゆり子、中田久美子、泉しづか

・ハッピーカムカム(SynergySP)

鈴木久美、針生愛里、大川美穂子、中澤真琴、渡辺まゆみ、松本淑恵

・音楽少女(スタジオディーン

杉田柊、高野菜央、伊藤幸、小島絵美、太田衣美、峯友則

・クミとチューリップ(手塚プロダクション

三浦菜奈、山田桃子、小橋弘侑、角谷知美、西村生美、小柏奈弓、小野玲奈

 

あにめたまご2016

・カラフル忍者いろまき(シグナル・エムディ)

今橋明日菜、山本真夕子、傳沙織、古川実来、阪野日香莉、東島久志

・UTOPA(STUDIO4℃

高橋友季、荒幡佳子、山科和佳菜、田村皐、小澤沙絵、竹内香菜子

・かっちけねぇ!(手塚プロダクション

 安慶名結、多嘉良樹、米満愛、笛木優奈、兒玉ひかる

風の又三郎(武右ェ門)

笠原季生、柳澤慶紀、今野航、水口嶺、柿崎央、若井美優紀、千野勝平

 

 

「トップをねらえ!」2話の脚本はどのようにして書かれたのか ―岡田斗司夫氏・山賀博之氏の証言―

トップをねらえ!」2話の脚本について、岡田斗司夫氏は「BSアニメ夜話」で同作が特集された回(2008年3月18日放映)において以下のように証言している。

トップをねらえ!」で僕脚本としてクレジットされてるんですけども、実際ねえ脚本ぽいの書いたのってこの2話だけなんですね。で、えーと、なんでかっていうと、これあの、山賀博之くんと一緒に始めたんですけども、山賀くんがですね、「俺は「オネアミスの翼」で華々しくデビューして、こういうアニメも書けるけども、書いたということを自分の経歴上残したくねえ」ってあの野郎が言い出してですね(笑)「ゴーストライターに徹するから岡田さんも一生言わないで」って言って、「分かった」って。そしたらこの「トップ」が売れたらあいつ自分で言い出した(笑)インタビューで言ってんですよ。

で、そん中でも僕がやったの、僕がそれでも脚本っていうふうに自分で言えるのは何かっていうと2話を作ったからなんですね。その、1話の大きい流れの、女子校があってそこでロボットがやっててコーチが出てきて贔屓だっていうあの変なパロディみたいなプロットと2話を、これを作ったからなんですよ。で、これねえあの、ファミレスで、あの、もうずっと憶えてるんですけど、ファミレスのですね、出てくるナプキンの、でっかいナプキンがあってそれの裏にずーっと書いて説明したんですよ。で、そのときに「宇宙船がこう見えて後ろの方から進行してきてまだ前が見えなくて」って山賀くんに説明して、山賀くんが「はあ~」とか言ってて。で、山賀くんはそれはそれで、あ、この2話は面白いと、岡田さんはこの調子で6話まで考えてくれるに違いないと思ってたら、もうそっから先、3話4話は山賀くんおまかせーとか(笑)だいたいのストーリーとか設定言うだけで、あと山賀くんが必死で苦しんで6話まで書いたっていうのが「トップをねらえ!」の実際なんです。

 この放映を見た私は、岡田氏が「脚本ぽいの書いた」「2話を作った」と言っていることから、2話に関しては岡田氏がプロットから脚本まで仕上げたのだろうと思っていた(山賀氏に2話の内容を説明しているのは、3話以降の脚本のためだと思っていた)。

ところが、どうもそうではなかったらしい。

 

下記の動画は、2012年9月22日に京都国際マンガミュージアムで開催されたトークセッションの録画である(イベントの概要についてはこちらを参照)。

このトークセッションは、山賀博之氏、赤井孝美氏、武田康廣氏がガイナックスの過去作品について回顧するという内容で、「トップをねらえ!」についても言及されている。

詳しくは録画を見てもらえば分かるが、山賀氏の証言によれば、2話の脚本を執筆したのは山賀氏であったらしい。

もっとも、単純に山賀氏一人の力であの2話ができたわけではなく、山賀氏・岡田氏・庵野秀明氏3人の力が合わさって始めて一つの物語として完成したというのが実情のようだ(赤井氏の言う「3つのフィルタ」という言葉が印象的である)。

複数のクリエイターの力が合わさることによって、単独では生み出し得なかった優れた物語が生まれた実例として非常に興味深いものだと思う。


Ustream.tv: ユーザー kyotomm: トークセッション「~ガイナックス流アニメ作法を語る~」第2部, トークセッション ~ガイナックス流アニメ作法を語る~ 【2012/9/22】 http://www.kyotomm.jp/event/spe/gainax2012.php#relation...

トップをねらえ!」についての言及は34:51~46:59。

録画が削除されたときのときのことに備えて、書き起こしも添えておく(誤記などありましたら指摘していただけると助かります)。

山賀 ああ「トップをねらえ!」はですね、結局「オネアミスの翼 王立宇宙軍」、ああ2つ入ってあってややこしいんですけれども、最近は「王立宇宙軍」で統一してるんですけれども、これが、これは実は就職のために作ったというのはまあさっきの話のまんまでして、えー、終わったら会社維持するのもしんどいし、まあ解散しようかってなことをまあ一番最初の当初から言ってたんですけれども、ま、会社作ると色々しがらみができるのと、あと解散したときに僕ら、要するに現場の絵を描いたり脚本書いたりするスタッフは仕事がその後ガンガンやってくるんですけど、プロデューサーとか、要は岡田さんとか、まあ井上さんて方もいたんだけど、要するにプロデューサーの人たちは別にそれで仕事が続くわけではないわけですよね。要はまあそこら辺も考えずに解散しようやぐらいの乱暴なことを言ってたんだけれども、まあいろんな意味があって解散は出来ないと。まあ、あのー、借金があったので解散しなかったってのはよくWIKIとかに書いてあったりするんですけど、それは割りと早々に決着は着いたんで、その時点で解散すりゃできたんですけれども、まあ実際はもっと複雑な理由で、えー、結局解散しないままうだうだと、えーと、作画スタッフを解散した状態で会社自体は続いたと。で、岡田さんはそれでご飯食べていかなきゃいけないんで、バンダイとちょっとなんか企画の話をしてたと。で、岡田さんはそれで、なんていうのかな、なんか、まあ、当時のバンダイから1万本売れない、ああ要するに今のOVAはどう頑張っても1万本売れないんだと、今のってあのー30年近い前の話なのに、まあ1万本売れないんだって言われたと。
赤井 まああの頃高かったしね。1本ずつがね。
山賀 うん高かった。
赤井 1万円、1万円ぐらいしたよね。
山賀 1万3千円とかしたよ。
赤井 で、ねえ、1万本も売れる企画を考えてくれってので岡田さんが考えたのは自分の好きな、あのー…。
山賀 いや、あのときにやっぱり同じようにみんなで集まったんだ。
赤井 ああ、集まったんだっけ。
山賀 で、美樹本晴彦がキャラクターデザインやって、なんだったっけ、なんか…
赤井 だから1万本売れるの、手持ちの駒で1万本売れるのは、まず美樹本晴彦だろうと(笑)
山賀 そうそうそう。自分、自社の人ではなかったんだ(笑)よその人や(笑)
司会 よその人じゃないですか(笑)
赤井 だから作監はしてくれないだろうけど、キャラデぐらいはやってくれるだろうと。
山賀 まあそんな、そんなことを合成して、ん?こんな企画ならいけんじゃないのかっていうやつで、まあ、現場的には岡田さんが進めてる企画だからまあいいやっつってほっといたっていうようなところだったんだけども、ちょっと岡田さんに「相談があるんだけど」って言われて、「やー、これ言ってた企画進めてるんだけど、メモ書いてみたんだけどこれどう思う」って渡されたメモ見て、「岡田さん、これじゃストーリーにはなんないよ」っつって、「ああ、わかった。じゃあ俺、俺に任せてくれりゃ一晩でとりあえず1話ぐらい書くから、書いてくるから」って、書いてきたら、「あっ、これはいい」って言って、「じゃあ2話も書いて」って言われたから、「はい、じゃあ2話。まあ一晩だ、一晩だけだよ」っつって「一晩、一晩だけ手伝うよ」っつって、一晩だけ手伝って書いてきて。そしたら、2話まで書いた時点で監督決まってなかったんだけど、その2話、これは伝聞で聞いたんだけれども、2話の脚本を見た庵野がなんか俄然やる気になって、これは俺が監督すると言い始めて、庵野が監督になった時点でもう全体現場が動くような形になったと思いますね。
質問者 質問なんですけども、当時のOVAで考えると、シリーズものっていうふうなのは、結構危険だったのかなっていうふうなイメージあるんですけど、○○(※聞き取れず)。
山賀 いや、○○(※聞き取れず)ダロスの、押井さんのダロスもシリーズものだったし、OVAってシリーズものだったと思いますよ。基本の○○(※聞き取れず)。
武田 いやいや、色々あんときはまだ試行錯誤やったんで色々あったんです。一発ものやったりとか。
赤井 ただ多いのはテレビアニメをビデオ化するというもののバリエーションだったんですよ。なので、あのー、シリーズものにしたいというのは基本路線だったんです。当時、バンダイ、あれもうバンダイビジュアルだったっけ。
山賀 まだバンダイの映像、なんか…
武田 エモーション。
山賀 エモーションレーベルになるかならないか。
武田 ○○(※聞き取れず)そのぐらいやね。
赤井 そのときの主力が、表企画がパトレイバーで、パトレイバーをやってるけど、そのパトレイバーの、なに、この、あのー、2番手というか2軍企画みたいな感じでしたよね。
山賀 だからタイトルは最初、ま、どんな話にするっつったけどトップガンとエースをねらえを足して2で割らなかったような話がいいんじゃないかっつって、で、要はトップをねらえ?とか言って、そのときはゲラゲラゲラゲラと笑ってたんだけど。そのうち、なんか企画やってくうちにタイトル他に考えらんないねって話になって(笑)いいんじゃねこのまんまで、いいのかそれでという話の中で決まった。
赤井 これをねえ、これをあのー業界ではプロジェクトA現象と○○(※聞き取れず)。
司会 また、また人の作品ですよね(笑)
山賀 いや、その当時だからねえ、いやほんとこんなことをねえ、ファンの皆さんの前で言うのはねえ、心苦しいんですけれど、その当時ほんとやる気がなかったんですよ皆(笑)そういった意味じゃ、うん、「トップをねらえ!」の頃は一番、そういう意味では、皆、なんだろう、若いからそれなりに職業的に手を抜きたくないとか、よーし頑張ってやるぞっていうのは、その、ベースの部分のなんていうかなポテンシャルは高いっちゅうかな、なんかあるんですけれども、うーんでも、ほんとのこう会話をしてる気分としてはもう最低に全くのってないというか、全然やる気はない。
赤井 あれは「王立宇宙軍」というのがほんとに一つの祭でね、その、ある種青春の祭みたいなんあって、大阪からDAICONグループのみたいな感じで出てきた僕らと東京で集めた知り合いとさらに東京の実際アニメーションやってるスタッフとが会って、ある種のこの連合のようなものできて、それが凄い、なんだろうね、有機的にこう重なって大きなことをしたっていう満足感があって、ある種この、「王立」の燃え尽き症候群みたいなのがちょっとしばらくあったんですよ。で、何をやっても「王立宇宙軍」よりもちょっとスケールが小さいもんだから、少しねえ、その、その後の企画を僕ら自身が軽んじてたところがある。次やるならまた「王立」みたいな凄いことをやろうみたいなのがあって、その間を繋いでいく食っていくための企画みたいなイメージがあらゆる仕事にあったわけです。それがまあ、「トップをねらえ!」は逆にそれが良かった。肩にあまり力が入ってなかった。
山賀 会社自体もね、ちっちゃいなんかね倉庫、倉庫って言うとでかいものを思い浮かぶかもしんないけど、一般家屋を倉庫に改造したような倉庫に、しかも2階だけか、2階に移ってて、ほんと1個のちっちゃい事務所にいっぺん縮小してる時期に作ってましたね。
武田 「王立」のときの吉祥寺のスタジオをいっぺん別の会社に移して、で、その会社が使ってたとこなんだよね。そこと入れ替わったんです。維持費が安いからっつってね。ほんと倉庫の2階ですよ。ちっちゃーいちっちゃーいとこで。ちょうどその頃に僕は大阪で、その、ゼネラルプロダクトってのやってたんだけど、それが大阪じゃあちょっとこれじゃまあやっていけんなあって言ってガイナックスと合流しようって言って、ゼネプロがその1階でやってたの。
司会 へー、じゃあそこにショップがあったってことなんですね。
武田 いや、ショップはなかったです。
司会 あ、その会社、ゼネプロの機能が下にあったてことなんですね。
武田 そうそう、ゼネプロの機能が下にあった。倉庫兼ね。ほとんど倉庫の中に住んでるみたいでしたよ。
赤井 で、「トップをねらえ!」って1話を作って、1話を見たときはまあ面白いなアハハだったんだけれども、2話を社内試写やったときに、もうなにかこう、あの、こう、こう、みんな全員泣き、みたいな。あのー、2話のアバンでね、あの、お父さん、あのー、次の誕生日までに帰ってきてねピー、とかあるじゃないですか。で、ノリコ…とか言ってピカーみたいな。あそこで皆やられちゃって。
山賀 あれもね、最初岡田さんから渡されたプロットであのネタ、あのウラシマ効果のネタっていうのは、なんだろうな、ちょっと、パロ、SFパロディとしてのちょっと要するにコメディ的なところで作られてるものだったんですね。それに対して、僕も、「あ、これパロディだ」と思ったんで、ただ僕あんまりSFも詳しくなければ、そのー、そもそもアニメというものに対してあまり詳しくない時代だったんで、パロディっていうもののその、なんだろうなあ、空気が分かってない。だから、あ、岡田さんこれパロディなんだなって、じゃ俺は俺なりにちょっとこれパロディをちょっと濃くしとくよと思って、少女漫画というか、まあ、なんか少女漫画的な、勝手に思ってる少女漫画ですけど、70年代に少女漫画的な、なんか描写で…。
赤井 まあちょっと泥臭いこの、あのね、典型的な、このメロドラマ的な…。
山賀 そうそうそう。
赤井 泣きを入れたんだよね。
山賀 そういう泣きのパロディとしてやったら、意外と泣きのところでみんな引っかかっちゃって(笑)
赤井 あれはねー、だから、その、岡田さんが目指したのは割りと星新一的なちょっと乾いた、SFの科学の世界では宇宙に行って帰ってくると皆年寄りだーみたいなのをしたかったんだけど、で、じゃあそれ、山賀くんがちょっとそれに泣きを入れたら庵野が感動してしまって。で、庵野くんがこう「んー!」って泣ける感じで作ったら…。
山賀 さらに泣き加速を加えたんだよね。
赤井 そうそうそう。そうです。
山賀 だから未だにあの2話は結構泣けますよねって言われると、ちょっと複雑な気分(笑)
武田 確かあれだよね。あのウラシマ効果、一番最初のネタは、あの、誕生日が終わってたっていう確か、最初のネタだったんだよね。
山賀 そうそうそうそう。帰ってきたら誕生日が終わってたギャフンみたいな(笑)
武田 そのギャフン○○(※聞き取れず)はずやったのにそこが、この、山賀がガーっと膨らましたとこで皆がこう…。
山賀 膨らませたのは別に文学的に膨らませたわけじゃなくて、あの当時の俺のよく分かってない気持ちでパロディとして膨らませただけだったんだけど。
赤井 まあこれが本当にあのー仕掛けとして岡田さんがSFにして、山賀君がそれをあのードラマにして、庵野くんがそれを真面目にやったっていう、この、それぞれ全く、あの、ある意味では意図してない3つのフィルタを通したことによって非常に精度が高いものが出来てしまって、で、それは、あの、期せずしてできてしまって、まあ何でもいいから1万本売れればいいやって企画だったので泣かせるつもりはなかったわけですよ。でも俺もそれ見て、うちの社員も皆泣くし、俺もしてやられたと思って、そのときに僕はアニメの現場をやるのをやめちゃったんだ。いや、これもう、庵野天才だわと思って。だって聞いてた話ではもっとお笑い、お笑いSFやったのに泣かせるかあ、しかもなんかうちのオタク社員どもが皆見たこともないような感動した顔してんので、この路線にいたら俺は一生こいつのケツを見ながら進まなければいけない、こいつと同じ路線を行くのはやめようって言って、僕はアニメを、アニメのこの一線からどくわけですよ。その、「王立」までは凄いアニメを一生懸命やってたんですけどね。
武田 ○○(※聞き取れず)、だって「トップ」って1話はロボット操縦するのに鉄下駄ですよ。レオタード履いて。あの1話とかの、要するに1巻目とかの評価っていうのは、SFを舐めんなとかロボットアニメ舐めんなと言われたわけです。それが2巻目出たときには、もうなんかSFの金字塔みたいなこと言われてるんですよ。
山賀 いやもう皆ね、いいように解釈してくれるんですよ。「1話であれ引っ掛けだったんですね」って言ってるから、引っ掛けてない引っ掛けてない(笑)
武田 あれはあーゆーノリっていう。
赤井 まあでも、この「トップをねらえ!」の体験は多分「エヴァンゲリオン」にも生きていて、要はその、なんだろ、思わせぶりにすればお客さんはその間のことを脳内で補完して感動するんだと。全部描いちゃうと駄目で、この落差があればこの間を、面白ければこの間をいいようにとってくれる、っていうことの原体験の一つっていう意味では「トップをねらえ!」っていうのは我々の集団にとっては非常に大事な成功例だったなと。凄く頑張ればいい作品が出来るわけじゃないんだと(笑)化学変化みたいなものを作んなきゃいけないんだなみたいな。

 

「ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章」の山下明彦作画

ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章

監督:須永司

脚本:高寺彰彦 須永司

アニメーションキャラクター原案:大橋誉志光

キャラクターデザイン/作画監督:山形厚史

レイアウトチェック/作監補:渡辺純央

レイアウト協力:渡部隆

原画

 遠藤裕一 斉藤哲人 鈴木博文 松竹徳幸

 小山和弘 小島正士 安田好孝 阿蒜晃士

 菊池晃 岸本誠司 松本文男 吉田夫美子

 飯飼一幸 藤田正幸 遠藤麻美 石川洋

 吉本拓二 井上哲 久保正彦 門上洋子

 数井浩子 合田浩章 風戸聡 小田真弓

 中島美子 村中博美 古瀬登 加瀬政広

 水村良男 山下明彦

  

 スタジオムー 安里屋

 f:id:nisoku2:20140630222505j:plain

 「ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章」のVHSを中古で購入し視聴してみたところ、後半のアクションに一際目を惹く作画があった。

ジャイアントロボにやや近いキャラの顔つきからして、恐らく山下明彦氏の原画だと思われる。

主人公は 身の丈に合わない大きさの剣を持っているため、それを自由に扱いきれていない。そのため、剣を振るときは全身を使って勢いよく振らねばならないし、剣を持って走るときはその重みによろめいたりする。

そのように剣の重みを意識した細かな演技の一つ一つが動きの快感を産み出し、躍動感のあるアクションを実現させている。

また、主人公の表情も、凛々しい顔からコミカルな顔まで多彩に変化し、見る者を飽きさせない。

 

本作は、参加アニメーターの豪華さの割りに目立った作画は少ないのだが、山下氏のパートはそれを補って余りあるクオリティで十分な満足感を与えてくれるものだった。